曹洞宗高巌山 興聖寺
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旧秀隣寺庭園(足利庭園) 縁起

1528年十二代将軍足利義晴は三好長基反乱の難をここに避け、朽木稙綱を頼って約三年間
滞在しました。佐々木一族京極高秀や浅井亮政、朝倉孝景等の協力で管領細川高国が将軍を
慰めるため、当庭園を贈ったといわれています。
  面積234坪上部に谷水をひき「鼓の滝」とし下流は曲水にし池の中には鶴と亀の島を配し
楠の化石の石橋をしつらえた原形は築庭当時そのままであります。
司馬遼太郎作「国盗り物語」に語られている、足利十三代将軍義輝も家臣細川幽斎と共に
六年間ここに落ちのびていました。

 
       
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